かぶく者の連載開始と共に始めた、このブログだが、肝心の、かぶく者について、ほとんど触れられていないという事に今、気付いた。
これは大失態だ。原作者として、恥ずべき行為に僕は今、猛省している。読者の皆さんに、いみじくも原作者ならではの情報を、発信出来る好機ではないか。たとえば、かぶく者の裏話や、恋四朗の誕生秘話など、盛り上げ話はいくらでもある。
1年近く書いてきて、世間様には「猫好き」という、しかも間違った僕の印象しか持たれていないというのは残念極まりない。
嘘でも「歌舞伎好き」という印象ぐらいは残すべき今年1年だったはずだ。
今からでも遅くはない。
僕は、このブログをかぶく者中心に書いていくと決めた。
寝ても覚めてもかぶく者。上を向いても下を向いてもかぶく者。つまりは、かぶく者に始まり、かぶく者に終わるブログという訳だ。
手始めに、今回は、かぶく者情報満載で書いてみようと思う。
21日に単行本が出ます。
500円とか600円です。
2刊出るので、両方買っても1000円チョイです。
本屋さんとかに売ってます。
21日金曜は晴れです。
東京の最高気温は12度で降水確率は10パーセントです。寒いでしょう。
風邪には注意しましょう。。。
。。。。
2007年12月18日
2007年12月11日
一抹の不安。
「何故、この車、買ったの?」という問いに、僕は常に「一番近くにディーラーがあったから」と答えている。実際、それが真実なのだが、未だ誰にも明かしていない裏理由に、雪のトラウマがある。
僕は以前、運転中に見舞われた、突然の大雪に右往左往してしまったことがあった。
車の横で途方にくれているにもかかわらず、バサッと雪をかけ、サンタクロースのようになった僕を残して走り去った四駆を、出来ることならイギリスのフーリガンのように裏返しにしたい。そう思ったことを今でも覚えている。
僕は四駆が大嫌いになると同時に、四駆を買うことを決心した。
それ以来、なんの迷いもなく、この8年間で3台の四駆を乗り継いできた。
ところが先日、四駆をやめて乗用車を買った。8年ぶりの乗用車復帰だ。
それは、地球温暖化で、東京にはそうそう雪も降らないだろうという判断からだ。
事実、最近まで乗っていた車は2年間で、雪への遭遇は1度もない。その前の車は1度、さらに前のは2度、と、年々、雪への遭遇は減少していた。
都会に雪が降らないとなると、既にここ数年スキーに行ってない僕にとって、この先、車で雪道を走ることはないということになる。四駆に別れを告げる日が訪れたのだ。さらに、乗用車は四駆に比べて俄然、燃費がいい。この時勢に、1リッターあたり3キロしか走らないような車は僕の財布以前に、世の中に損害を与える。
それならエコに参加する必要があるだろう。
車は若干大きいが四駆よりエコだ。さよなら四駆。グッバイ大雪。
そして、僕に笑いの神様が降りるとしたら、
今年は大雪になるはずだ。
そしてまた僕は途方にくれる。
僕は以前、運転中に見舞われた、突然の大雪に右往左往してしまったことがあった。
車の横で途方にくれているにもかかわらず、バサッと雪をかけ、サンタクロースのようになった僕を残して走り去った四駆を、出来ることならイギリスのフーリガンのように裏返しにしたい。そう思ったことを今でも覚えている。
僕は四駆が大嫌いになると同時に、四駆を買うことを決心した。
それ以来、なんの迷いもなく、この8年間で3台の四駆を乗り継いできた。
ところが先日、四駆をやめて乗用車を買った。8年ぶりの乗用車復帰だ。
それは、地球温暖化で、東京にはそうそう雪も降らないだろうという判断からだ。
事実、最近まで乗っていた車は2年間で、雪への遭遇は1度もない。その前の車は1度、さらに前のは2度、と、年々、雪への遭遇は減少していた。
都会に雪が降らないとなると、既にここ数年スキーに行ってない僕にとって、この先、車で雪道を走ることはないということになる。四駆に別れを告げる日が訪れたのだ。さらに、乗用車は四駆に比べて俄然、燃費がいい。この時勢に、1リッターあたり3キロしか走らないような車は僕の財布以前に、世の中に損害を与える。
それならエコに参加する必要があるだろう。
車は若干大きいが四駆よりエコだ。さよなら四駆。グッバイ大雪。
そして、僕に笑いの神様が降りるとしたら、
今年は大雪になるはずだ。
そしてまた僕は途方にくれる。
2007年12月06日
迷宮の扉。
年末。
この時期になるときまって、僕を恐怖の底へ陥れるのは迫り来る大掃除だ。
長年、この日本の風習に苦しめられてきた。
なぜなら僕の仕事部屋は、足の踏み場がない、そういう状態だからだ。
散らかり程度の例え、を言っているのではない。客観的事実として、足の踏み場がないという事なのだ。
ドアを開け、3、4歩であろうはずの机の前の椅子までを、いかにしてたどり着くか?と一瞬だが毎回考えて、さらに小さな勇気を取り出してからツイスターゲームのように歩いてようやく到着する。僕の表現の限界を超えた散らかりかただ。
「そういう人って、どこに何があるかわかってるんだよね」と偏った情報を度々耳にするが、ガセネタだ。
わかるわけがない。
常に何もかもが行方不明だ。
「じゃ片付ければ」などと浅知恵に笑顔を織り交ぜながら発する人も少なくない。
是非死んでほしい。片付ければ済むという程、生易しい散らかり方ではない。
完全に、やぶだ。
洋風にジャングルでもいい。
格好よく神秘の森でもかまわない。
今、僕は秘書より、ガイドが欲しい。時には冒険家が必要だ。
最近、決起して丸2日、片付けに挑戦した。
年末の恐怖から少しでも逃れられるように、先手を打ったのだ。
命懸けで奮闘した後の達成感をよそに、彼らはまるで僕を嘲笑うかのように、
よけい散らかっていた。
何故、よけい散らかったのかがわからない。明らかに僕は片付けに時間を費やし軽くだが汗もかいた。なのに、おおいに散らかっていた。
謎は深まるばかりばかりだ。
このままでは、僕にお正月は訪れないだろう。したがって、姪っ子にお年玉をあげなくてもいいという計算になる。
いまこそ、探偵を求む。
今、仕事部屋に入って思った。
正直、そこまでは散らかってないわ。
この時期になるときまって、僕を恐怖の底へ陥れるのは迫り来る大掃除だ。
長年、この日本の風習に苦しめられてきた。
なぜなら僕の仕事部屋は、足の踏み場がない、そういう状態だからだ。
散らかり程度の例え、を言っているのではない。客観的事実として、足の踏み場がないという事なのだ。
ドアを開け、3、4歩であろうはずの机の前の椅子までを、いかにしてたどり着くか?と一瞬だが毎回考えて、さらに小さな勇気を取り出してからツイスターゲームのように歩いてようやく到着する。僕の表現の限界を超えた散らかりかただ。
「そういう人って、どこに何があるかわかってるんだよね」と偏った情報を度々耳にするが、ガセネタだ。
わかるわけがない。
常に何もかもが行方不明だ。
「じゃ片付ければ」などと浅知恵に笑顔を織り交ぜながら発する人も少なくない。
是非死んでほしい。片付ければ済むという程、生易しい散らかり方ではない。
完全に、やぶだ。
洋風にジャングルでもいい。
格好よく神秘の森でもかまわない。
今、僕は秘書より、ガイドが欲しい。時には冒険家が必要だ。
最近、決起して丸2日、片付けに挑戦した。
年末の恐怖から少しでも逃れられるように、先手を打ったのだ。
命懸けで奮闘した後の達成感をよそに、彼らはまるで僕を嘲笑うかのように、
よけい散らかっていた。
何故、よけい散らかったのかがわからない。明らかに僕は片付けに時間を費やし軽くだが汗もかいた。なのに、おおいに散らかっていた。
謎は深まるばかりばかりだ。
このままでは、僕にお正月は訪れないだろう。したがって、姪っ子にお年玉をあげなくてもいいという計算になる。
いまこそ、探偵を求む。
今、仕事部屋に入って思った。
正直、そこまでは散らかってないわ。