2007年09月25日

問題山積み

僕は今、ひっちゃかめっちゃかだ。相変わらず締め切りに追われる日常に加えて、舞台の本番直前で頭も体もスケジュールも、すんなりいっていることは何一つない。
にもかかわらず、
そんな時なのに、
あぁそれなのに、
阪神が1位になってしまった。一時は首位に12ゲームも離され、最下位にまで落ち、せいぜい4位が限界だった阪神が、1位になった。
問題だ。
これは、どうしたらよいのだろう。。たとえば、舞台直前の一番忙しい今、阪神を応援しに甲子園に行くことは許されるのだろうか。
書き残した台本をそのままにして、野球中継を見ていていいのだろうか?!
いいはずだ。
舞台は年に2回あるが、阪神の優勝は数年に1回だ。
阪神優先なのは明白だ。
だが、「それでも大人か?」ときつい一発を喰らっても僕は、阪神を優先に出来る男なのか?!
もちろんだ。
今、僕が応援しなければ阪神の優勝はない。今こそ僕が頑張るべきなのだ。なぜならば、
ちょっと目を離した隙に、
3位になっていたからだ。
バカ。。
もう応援しない。
posted by デビッド・宮原 at 18:05| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2007年09月18日

気にならない話題

世間は何故、そこまで朝青龍が気になるのだろう。。
ワイドショーにおさまらず、ニュースまで朝青龍のモンゴルでの様子を取り上げている。取り上げると言っても、朝青龍が居た、というだけだ。
彼は歩いてた。
大騒ぎだ。
にっこりした。
また大騒ぎだ。
やりきれない。。僕には朝青龍より気になることなら確実に1500個はある。だから、朝青龍を僕の「気になること」ランキングにエントリーさせるとしたら、1501位になる。
ちなみに1500位は、ナマコを初めて食べた人は誰か?だ。朝青龍が歩いてにっこりした、ということよりはるかに興味深いはずだ。
朝青龍を取り上げるニュース番組を日本の恥と言わざるをえないだろう。
たった今も、戦争で人が死んでいる国があるというのに、平和ボケもはなはだしい。取り上げるべきは、もっと他にあるはずだ。
僕は死んでも、朝青龍なんか取り上げたりしない。
posted by デビッド・宮原 at 18:36| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2007年09月13日

脱、猫。

猫の話は2回も続いたので、もうやめる。少しほこ先を変えよう。
僕はどうしても、マスコミの弱いものいじめが許せない。
誰も彼もというわけではないが、陳腐な正義感をかざす記者の態度には、ほとほと嫌気がさす。
この例は少し違うが、東国原知事が立候補した時、さらに当選した直後は、タレント知事ということもあって、かなり批判的で、暗にバカにした風だった。ところが支持率が上昇した途端、友好的な態度に豹変する。
逆に安部総理は就任当時、支持率も高く、マスコミは持ち上げるだけ持ち上げておきながら、支持率が下がるやいなや突然、責めの論調に転じた。問題の有る無しに関わらず、批判は支持率に同調する。
結局、彼らは視聴率や発行部数に生かされている訳で、世間の御用聞きにすぎない。
一見、権力に立ち向かっているようでいて、世論という莫大な力をバックに言いたい放題なのだから、中学生並みの弱いものいじめと言わざるをえない。
前々回に書いた、ならず者の茶猫と一緒だ。
勝てる喧嘩しかしないのだ。これからマスコミは、茶猫と呼ぶべきだ。
みんなで団結して茶猫と呼ぼう。
そのうち、大学生は、「茶猫関係に進みたい」などと言うことになるだろう。
茶猫め。末っ子の餌を横取りしやがって。覚えてないだろうが覚えてろ!
posted by デビッド・宮原 at 04:24| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2007年09月06日

猛省

前回、猫の話はもうやめると言いながら、いつの間にか猫の話になってしまっていたことを深く反省している。
もう猫の話はしない。
猫好きだと思われても困るからだ。嫌いではないが、追い掛け回して撫でる程好きではない。猫の脇の下を両手で持ち、高く上げて、足をブラブラさせながら、「みーちゃん、どちたの?なんでそんな可愛ゆいんでちゅか」 などと言うタイプではないということだ。だいたい、赤ちゃん言葉は何故だ?!もうすっかり大人になった猫の尊厳はどうなる?たとえば人間の年齢に換算すると、58才の男性に、赤ちゃん言葉を使っていいのか?会社なら、取締役や、もしかしたら社長かもしれない、地位も名誉もある男に赤ちゃん言葉は失礼だ。あるいは、子供たちに毅然とした態度をとっている母猫に、赤ちゃんは言葉を使っては、母の面目丸つぶれじゃないか。
飼い猫を自分の子供のように育て、「親にしてみれば幾つになっても子供は子供」という理屈はわかる。しかし、毛だらけの猫と人間は、どう頑張っても赤の他人だ。それなら敬意を払うべきだ。
こういう事から動物虐待はなくなる。
昨日の夜も、道の真ん中で寝ていた猫をみつけ僕は、車を一時停止させ、「どうぞ」と丁寧に言った。
猫は、ゆっくり起き上がり道の端に避けた。
これが大人同士のやりとりだ。
posted by デビッド・宮原 at 17:28| 東京 ?J | TrackBack(0) | つれづれ

2007年09月03日

そして、猫伝説。

猫は、色によって気性が異なる。
たとえば黒猫は見た目に強そうだが、実際にも白猫より強い。体の大きさを問わずだ。
それは昔、僕が住んでいたマンションのベランダに勝手に同居していた猫の家族で立証済みだ。
その猫達は、親が圧倒的に強く、息子達は下になるほど弱かった。末っ子にいたっては体は大きいが小心者で、縄張りも持たず1日中ベランダでジッとしていた。せっかくあげた餌も、親や兄が留守だと、ならず者の茶猫に簡単に横取りされる。しかも、その一部始終を僕の後ろに隠れてこっそり見てるというアリサマだ。ならず者の茶猫は、前に一度、散歩から帰宅した兄猫にボコボコにされている。だから、末っ子一人の時を見計らい、現れるのだ。完全になめられている。
猫達の強さは顕著に毛の色に表れていた。
まず、
親は黒毛にちょびっと白。めちゃめちゃ強し。
(特技、猫パンチ)
長男は、均等に黒白。強し。
(特技、見た目。デカイ)
次男は、白毛にちょびっと黒。逃げ足早し。
(特技、にらみ)
末っ子、白。。耳の先だけわずかに黒。。いくじなし。
(特技、モモンガジャンプ、ただし、見たのは一度だけ)
posted by デビッド・宮原 at 21:48| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ