2008年05月09日

忘れ物。

忘れ物をしていた。
このブログだ。
さて、
作家という人種には逃亡癖があるそうだ。
締め切りのプレッシャーに耐えきれず、ある日、忽然と消えてしまうらしい。
実際、僕自身も、そういうところにしばしば直面する。
目の前の障害の高さに、逃げる確率の高さが比例するということは容易に想像がつく。
例えば、1メートル幅のどぶを飛び越えるのか、強風が吹き荒れる中、20階建てのピルの屋上から、となりのビルまでの間3メートルを飛び越えるのか、後者の場合、ほとんどの作家が逃げるだろう。
だらしがない。
傑作はおおよそ、どぶの向こうではなく、強風が吹き荒れる時、となりのビルの屋上に待っている。
普通に考えれば、3メートルなど、たいした幅ではないではないか。僕からすれば、小学生の時に体育で飛んだ記録さえ下回っている。
違いは砂場かビルの屋上かというだけだ。
確かにプレッシャーという厄介ものが、人間の持ち合わせた能力を半減させ、思わぬ悪結果をもたらすということは知っている。さらに強風も吹いているならば、飛び越えられる可能性は極めて低い。つまり、こういう場合は、逃げるという選択が正しい。よく考えれば、わかりそうなものだ。したがって簡単には傑作にありつけないという結論だ。
しかし、その傑作が向こうのビルの屋上にあるというのが確定的なら、一度、地上に降りて、隣のビルのエレベーターで上がるという手段があるのではないか?
そういうことではないのか?
そういうことだ。
間違いない。
これが僕だけの、傑作にありつく方法だ。
問題点があるとすれば、この例え話を、実際のモノづくりに、どうやって当てはめるのか?だけだ。
posted by デビッド・宮原 at 15:55| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年04月22日

嵐が去って

前方公演墳本体の追加公演及び千秋楽の幕を無事に下ろす事が出来た。
今回は大勢のお客様に足を運んで頂き、たくさん誉めて頂けたようだ。

個人的な話では、若手バックドロップスと本体公演、通し稽古合わせて3週間、かぶく者の締め切り連発の嵐も吹き荒れる中、やれば出来る、という程働いた。
通常、僕は幕さえ開いてしまえば、あとは舞台監督と他スタッフに仕事を渡し、成果は役者にゆだねるだけなのだが、今回は度重なる演出変更に加わり、救急車から出演者降板まで、トラブル続きで、僕の頭の中は大火災だった。

これは仮の話だが、仮に、本当に仮に、僕が今までの人生をサボっていたとしても、そういうことが仮にあったとしても、この3週間ですべて相殺されたはずだ。
今は普通の働き者として生きている。

舞台の完成度については、僕自身の満足感とは別に、間接的にも直接的にも誉めて頂いた。そういう人達には是非、幸せになってもらいたいと願うばかりだ。
反して、苦言も頂き「かかってこい」と内心、思いつつも、ここは一つ今後の物づくりに反映させていかなければと、真摯に受けとめているので、けなした人が不幸になりますように、とかは断じて思っていない。

僕の仕事は、与えられた、非常に限定された条件の中で、いかによりいいものを模索するかという事に終始する。いいものを創る為には手段を選ばない、という理屈からは一番遠いところにある。悪条件は、どの物づくりにも勝っている。ここで、その悪条件の一つ一つを羅列するつもりはないが、自分の寝言で、夜中、飛び起きる程、茨の道だ。
何が楽しくて、こんな馬鹿げた事をやっているのか、と一年のうち、560回は考えるが、結局のところ、しんどいもの程、癖になる、という結論だろうか。

でももし、なんちゃらクジの6億円が当たったら、南の島に逃亡する。
posted by デビッド・宮原 at 02:19| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年04月09日

嵐の1週間

若手劇団、バックドロップスの追加公演及び千秋楽が終わった。
おかげさまで、役者は少しばかりお客様にお褒め頂いたようだ。

ただ今、舞台セットの撤収中で、みんながワンサカ働いているが、僕は、することもなく途方に暮れてウロウロしてると、どうも邪魔なようなので、劇場の隅で小さくなって、締め切りに間に合わせるべく原作を書きつつも、ちょっとした隙をみつけては、このブログを書いている。

ひとまず、僕も役者もスタッフも、今日で、お疲れ様ということなのだが、明日から今度はまた、前方公演墳本体の公演が始まるという、なんとも馬鹿馬鹿しいスケジュールに、もうろうとしてきた。
そしてこれから書く文章までの、ほんの少しの間、居眠りをしていたことを白状する。

というところまで書いてまた、数日間もうろうとしてしまい、気付くと、すでに、前方公演墳本体の初日が終わって今、僕は原作の執筆中で、やっぱり、もうろうとしている。

今日の初日は、おそらく劇団旗揚げ10年間で初めて、嵐のような悪天候に見舞われた。そのせいなのか、どうなのか、度重なるアクシデントに開演直前の舞台稽古はひっちゃかめっちゃかだった。
稽古中に役者が舞台から落ちるという、大ハプニングもあった。キャリアも集中力も充分の役者なだけに、嵐のせいとしか言いようがないほど驚いた。
時間がないなか、救急車に警察にと、対応に追われ、稽古は中断する。幸い、その役者は、打撲にすみ、不自由ではあったものの、舞台を無事つとめあげて、なお、おつりがくるほど頑張ってくれた。

本当に驚いた。
そして、
一番、驚いたのは、そんな大事件があった最中、僕は遅刻でまだ、劇場に到着していなかったということだ。
おやすみなさい。
posted by デビッド・宮原 at 04:04| 東京 ?? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年04月04日

舞台本番

気がつけば桜が散り始めている。
このわずかな時期だけ、東京の喧騒が、桜にやられてポワンとするのを僕は毎年、楽しみにしているだけに、ろくに花見も楽しめず、しこたま溜まった仕事に、もうろうとしている自分にうんざりする。

僕が、たとえいかなる状態であろうとも、明日、舞台の幕が開く。
若手バックドロップスが、本体に先駆けて公演を打つのだ。
驚いた。
台本は上がったばかりで、演出は、まだ終わっていないのにもかかわらず、幕は開いてしまう(笑)。

笑い事ではない。

このピンチをどう乗り切るか。

逃げるか。
ダメだ。逃げるのは男らしくない。

知らなかったフリをするか。
「え?本番、来週じゃないの?」とか言っちゃえばいいか?
ダメだ。すぐバレる。

仕方ない。役者になんとかしてもらおう。

そのぐらいの実力はある。
はじめから舞台に完璧などない。
観客の空気が舞台に吹き込んで、役者との見えないやりとりが、作品をつくる。毎日、その瞬間瞬間に新しいものが出来上がる。同じものは一つとしてないのだ。
つまり未完成も作品のうちだ。

あ。。なんか楽しみになってきた。
posted by デビッド・宮原 at 00:59| 東京 ?? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年03月19日

内緒。

前回のブログでは、タイトルと内容がかけ離れすぎている、と苦情が相次いだ。「ばか」とか言われた。

そもそも僕はタイトルをつけた気などさらさらない。
「かぶく者人気急上昇」と言いたかっただけだ。
どこで言おうかな、と考えているうちに、内容が完結してしまい、見るとタイトルの場所が空いていたので、ちょっと、お邪魔させてもらっただけの事だ。
ブティックで、ショーウィンドウのマネキンが着ているイチオシ商品を「売り切れです」と何食わぬ顔で他の商品を売りつけた店員になった気分が正直、あるといえばある。


そういえば、先日、かぶく者について、読売新聞の取材を受けた。
寝起きにもかかわらず、ほとんど間抜けなことを言わずに切り抜けたと思うのだが、最後に顔写真を撮られて撃沈した。撮られると知っていたら、それなりのおしゃれもして、せめて髪の毛ぐらいはセットして行ったはずだからだ。
記者の方に近所まで来て頂けるということに油断して、13時の約束に、12時半に起きてしまったことが最も大きな敗因だ。僕にとって寝起きからの30分は、人間として出来上がるには、およそ足りない時間と言える。
たとえば顔は、漫画で言ったら、鉛筆の下書きぐらいにしかなっていない。
しかも、2Hの鉛筆だ。
ぼんやりしてる。
消しゴムで消えても不思議はない。
残念だ。
だから、誰にも、記事の出る日はおしえない。
posted by デビッド・宮原 at 06:45| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年02月29日

かぶく者人気急上昇2

(前回までのあらすじ)
地図通り進んでも目当てのホテルをみつけられず、あちらこちらと探し廻っているうちに、気付くと僕は首都高を走っていた。


どんどんホテル近辺から遠ざかる事態に「早く戻らなければ」という強すぎる思いが、もしかすると僕を高速へ向かわせたのかもしれない。車はすこぶる快調に戻っている。だが、こうも快調だと家まで戻ってしまう事も考えられる。スタッフから電話がくる。
「今、どちらですか?」「首都高です」「はい。じゃお待ちしてます。」
冷静だ。
理由も言えなかった。
それならと、僕も冷静に次の降り口で降りた。芝公園とある。なんと地図に書いてある最寄りの高速の降り口は、芝公園。まだ運はあるようだ。ここから近い。今度こそみつかるはずだが、どうしてもパークタワーホテルはみつからない。時間は30分が過ぎている。腹が立ってきた。この地図はいったい何だ!ホテルがこんなデタラメな地図を出していいのか?!
気付くと新橋にいた。新橋にはまったく用事がないので戻る。40分が過ぎた。
芝に戻ると、どうやら、それらしいビルをみつけた。間違いなくコレだ。コレだよな?いや違うか?いやコレだろ!違うかも。。いやコレだ!違うのか?
通りすぎた。
また新橋だ。新橋にはやっぱり用事がないので戻る。ついに50分を超えた。僕は、もう一度、バカ地図を見てみる。バカだが、もう一度だけチャンスを与えたのだ。「あ。。」全身に電気のような衝撃が走った。なんと、僕は、地図を縦ではなく横に見ていた。縦を横に見るということは、横にあるモノが前や後ろにあるということだから、一生みつからないということになる。
猫も「お手」をするのだ、と発見した以来の大発見だ。大発見をした僕は、
すぐ着いた。

僕が方向音痴と思う方もおいでだろうが、決してそうではない。
その証拠に、かぶく者は方向性が決まっているから、人気急上昇中なのだ。

たぶん。。
posted by デビッド・宮原 at 22:01| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年02月19日

かぶく者人気急上昇。

文明は、本来、人間が備え得るはずの能力を鈍らせる。
例えば、携帯時代になって、電話番号をさっぱり暗記出来なくなったという諸兄も多いはずだ。そういう点から車のナビは、地図の見方さえ忘れさせる、憂いしき文明の産物だ。

それは僕が、とあるパーティーに出席する為、芝のプリンスホテルに向かった時の事だ。
何度か訪れた事のあるホテルで場所を承知している僕は、ナビを使わずに車を出した。行き先は旧プリンスホテルに隣接するパークタワーという新しいホテルだ。一応、招待状に同封された地図を見てみると、そのホテルは旧プリンスに道を一本隔てた所にある。地図を見るまでもなく、行けば自然にたどり着くであろう場所だ。自宅を出たのは、6時半の開場にとても間に合いそうにない時間だったが、運良く道がすいていて、6時25分にスタッフから「今、どちらですか?」と電話をもらった時には「すぐそばだよーん。」などと浮かれて言える場所を走っていた。「じゃ、入り口でお待ちしてます」「オッケーマウス!」
ノーリアクションで電話を切られた。
地図では、プリンスホテルを後ろにして、前にパークタワーがある。高いビルがあった。入ろうとすると何故か違っていた。間違ったようだ。あわてて、すぐそばにある、高いビルに向かう。ここのはずだ。だがホテルにしては入り口がわかりづらい。ぐるぐる回って入り口を探してるうちに、大通りに出てしまった。まずい。Uターンだ。時間はすでに15分が過ぎている。「オッケーマウス」はやめておけばよかった。
ところが、どこまで行っても、Uターンを出来る場所がない。どんどんホテルから遠ざかって行く。プチパニックに陥った。かなり走ってようやく、Uターン出来る場所にたどり着く。20分が過ぎている。「よし!戻れる。」
ハンドルをきる。ぐるっと回ってアクセルを吹かす。車はスーッと坂道を上がる。ETCをくぐるとそこは、首都高だった。
(つづく)
posted by デビッド・宮原 at 18:28| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年02月05日

no-title

僕には笑いの神がついている。
8年間で、3台も四駆を乗り継ぎ、毎冬、雪対策万全の僕を尻目に、ろくすっぽ降らなかった雪が、乗用車に変えた途端に降った。
素晴らしい。
稽古場に向かう朝は、荷物を抱えてツルツル滑っているところを、通る四駆にバシャバシャ雪をかけられながら駅まで歩いて電車で行った。

そういえば昔、僕がまだ23、4才の頃の大雪の朝、バス停でバスを待っている時に、何の前触れもなく突然、まさにスッテンコロリンと絵に書いたような転び方をした事がある。通常、こういった場合、周りの他人は「大丈夫ですか?」などと声をかけるか、あるいは、見て見ぬふりをするものだが、そこにいた女の子はびっくりする程、思い切り「ガハハ」と笑った。
たぶん、その、まるで一瞬宙に浮いたような、スッテンコロリン具合と、僕の気合いの入った白いロングコートとのミスマッチが我慢出来ない程、面白かったに違いないのだが、多感な年頃の僕は死ぬほど恥ずかしい思いをした。だが今、思えば、これも笑いの神だった。何故なら、5、6人は同じ場所で並んでいたにもかかわらず、転んだのは僕だけだからだ。
素晴らしい。
選ばれている。
問題は、別に「お笑い」でもない僕に、笑いの神が必要なのかどうかだ。
posted by デビッド・宮原 at 19:47| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年01月31日

続編

あれから色々、考えた。
このブログがまたしてもご無沙汰になった理由は、あまりにも深く考える毎日を送っていたからだ。
何故、「吉野家の牛丼」に牛丼がないのか。。牛丼と、はっきり言っているにもかかわらず、ないまま営業してるのは何故か、を。。
どうしても答えがみつからなかった。
そんな時、偶然出会ったのは、うちの近所の「山崎パン」の看板もショーケースもそのままで、どう見てもパン屋のクリーニング屋だ。これか?!
すぐに違うと気付いた。
ちゃんと、張り紙ではあるが、クリーニングと書いてある。たぶん改装する資金が無かっただけだろう。
振り出しに戻った。相変わらず答えはみつからない。途方に暮れた。もうあきらめかけて、おせんべいを食べ始めた時、山積みの資料の中から、昔の舞台のチラシをみつけた。「あ!」おもわず僕は変に高い声を上げた。軽くひっくり返った。
手掛かりだった。それはなんと、僕が自ら創った舞台のチラシだ。急激に思い出した。「ミュージカル」と、うっておきながら、歌いも踊りもしない芝居を創ったことがある。これか?!
パッと暗やみに光が差した。とてつもなく重い鉄の扉が開きはじめた瞬間だ。ここをたどれば、答えはみつかる。
みつかった。すぐみつかった。
僕は今、まったく演奏しないバンドを創っている。ちゃんと「デビッド宮原バンド」と名前も、それらしいのに演奏はしない。しかも、僕の名前でありながら、僕がいない。
これだ!まさにこれが今の吉野家だ。
僕からの提案としては今後、吉野家には、どんどんメニューを増やしていってもらいたい。ラーメンから、パスタ。デザート、コーヒーに至るまで、なんでもあるが、牛丼だけない!これだ!
是非、ここは死守して頂きたい。
posted by デビッド・宮原 at 17:57| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ

2008年01月11日

テロリスト吉野家

たとえば仕事の帰り道、ラーメンが食べたい、と思うことがあっても、牛丼が食べたくなることは僕にはない。
特に肉好きではない上に、店の雰囲気も好みではない。
牛丼屋に行く理由は何一つない僕が、食べに行こうと思ったことにはそれなりの理由がある。
考えたが、なかった。
いづれにせよ、食べたくなることは、この先10年はないだろう。事実、牛丼屋に行ったのは、10数年ぶりのことだ。

それは突発的な衝動だった。「牛丼が食べたい」
理由が見当たらないまま、牛丼のイメージが全身に回る。いてもたってもいられず、車を飛ばした。
反対車線の向こう側にオレンジ色の看板が見える。次の交差点をUターンすれば、10数年ぶりの味にたどり着く。記憶の輪郭が次第にはっきりしてくる。「並み、生卵、味噌汁」牛丼を半分食べたところに、ちょっと醤油をたらした生卵。。僕は急激に絶望感に襲われた。何故、今まで牛丼を見落としていたのか。この10数年の人生は何だったのか。
店に入る。「いらっしゃいませー」店中に響く声が一気になつかしい記憶の真っ只中に僕を引き込んだ。
期待で、頭も体もパンパンに膨れあがる。他人から見れば、もしかすると今、僕自身が牛丼になっているかもしれない。牛丼男だ。頭がどんぶりになっていて、怪我をすると汁が出る。女の子が「美味しそー」と言ってなめる。僕は照れながら、もういいや。
店員がお茶を持ってくる。
注文を終えれば、その1分後には、記憶の味が僕を迎えてくれる。もう一度、頭の中で復習する「並み、生卵、味噌汁」完璧だ。僕の心は、すでに吉野家の常連だ。
そして店員が言った。
「牛丼終わりました。」

(つづく)
posted by デビッド・宮原 at 18:09| 東京 ???? | TrackBack(0) | つれづれ